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ニコッと笑った小さい姉




年の頃,30歳を少し超えているだろうか.若いお母さんが二人の子供を連れて新幹線に乗っていた.上の姉は小学校1年生ぐらい,そして下の弟は3歳ぐらいだ.

姉は静かにシートに座っているが,弟は動き回り,大きな声を上げてはしゃいでいる.

お母さんは気が気ではなく,「だめよっ!静かにしなさいっ!」を連発している。それでも弟は叫び続けているので,「皆さんに迷惑でしょっ!外に出なさいっ!」とたしなめると,姉が弟の手を取って車両の間に連れて行った.

それも,一刻も持たなかっただろう.二人は帰ってきて,また元のようになってしまった.

そのお母さん,年は若いのに実にシッカリしていて,冷静に子供を見ては叱っていた。それでも弟の騒ぎは収まらない.

可哀相に・・・Y遺伝子というのはこういうものだからな・・・と横の座席に座っていた私は苦笑した.私もそうだったに違いない.小さい頃,ジッとしていなかった子供だったと姉に言われたことを想い出す..

・・・・・・・・・

遂に,お母さんが癇癪玉を破裂させた.

「こっちに来なさいっ!」というと弟の両手を持って引きずるように車両の間に連れて行った.

その時である。私は一人残ったお姉さんの方を見た。小さい姉は,私の方を見てニコッとほほえんだ.私も,予定していたようにわずかに顔をほころばせた.

ほんの一瞬,それはおそらく1秒も経っていなかったが,わずかな笑顔の中に,その小さなお姉さんは,

・・・すみません,弟はいつもああなんです.困っていますが,可愛い弟です.お母さん,きっと厳しくしますよ・・・・

と言っていた.勿論,一言も声は出さないし,私も,

・・・分かってますよ.大丈夫,気にしないで・・・

と無言で答えた.「目は口ほどにものを言い」と言うけれど,その短い瞬間に実に多くの言葉を交わした.

まもなく,自動的に閉まったドアーの向こうでお母さんの声,そして子供の激しい泣き声が聞こえてきた.

・・・・・・・・・

それから暫くして,車内は何事も無かったように静まりかえり,くだんの弟はお母さんの膝の上に乗って,母のブラウスのボタンをいたずらしていた.おそらく眠たいのだろう。

小さい姉は座席にちょこんと座ってジッとしている.

このようにして家族が育っていく。愛情と苦労の中で人生が始まっていき,それはやがて懐かしい想い出になる。

(平成21912日 執筆)


武田邦彦



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